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引き寄せの法則よりも願望が叶いやすい理由

「引き寄せの法則」は願望を実現させる手段として多くの人々に知られている。
「こうなりたい」と明確に願い、その実現を強く信じることで、現実がその波動に同調し、現象化するという教えである。
しかし実際には、この法則を信じていても願いが叶わないという人が後を絶たない。
なぜか。
それは「願う」という行為の中に、すでに“叶っていない”という不足の前提が含まれているからである。

引き寄せでは、思考と感情の力で未来を変えようとする。
だがその時、人は無意識に「今はまだ叶っていない自分」を強化してしまっている。
どんなに明るくポジティブに願っているように見えても、その裏には「まだ得ていない自分」という現実認識が張り付いている。
この内なるギャップが、願望の実現を遠ざける最大の原因である。

対して、無考は一切の願望すらも持たない。
ただ、思考を止め、感情も鎮め、完全なる沈黙の中に入っていく。
そのとき、願う主体が消える。
「自分」という感覚さえ消え、「こうなりたい」という願いすら湧かない状態になる。
だがそのときこそ、最も深いレベルで現実が動き始める。
なぜなら、願望の実現を妨げていた「私」が完全に消えたからである。

思考を止めるということは、波動を変えるということではない。
もっと根本的に、波動を超えた場所に自分を置くことである。
「私」という振動の源を消す。
そのとき、宇宙全体の流れに完全に同調し、「私の願い」ではなく「神の意志」としての出来事が動き始める。
それは思考の力では決して動かせない、根源的な現実変容である。

無考は何も求めない。
だからこそ、すべてが与えられる。
頭の中で「これが欲しい」「こうなりたい」と騒ぎ立てる声を完全に沈めたとき、宇宙は静かに、しかし確実に応答を始める。
求めない者のもとに、求めていたものが訪れる。
欲しがる者には逃げ、欲しがらぬ者に与えられる。
それが、この現実の不思議な構造である。

引き寄せの法則では、実現に向けて意識を整え続ける必要がある。
しかしその意識こそが、実は最大の抵抗となっている。
無考では、整える必要すらない。
ただ沈黙する。
それだけで、必要なものは自動的に訪れる。
むしろ、こちらから行動する前に、状況が整い、出会うべき人が現れ、やるべきことが向こうから現れる。
そこには偶然のように見える連続が起きるが、それはすべて、思考の停止によって開かれた「流れ」の一部なのである。

願望は「叶えよう」とした瞬間に遠ざかる。
無考はそれを教えてくれる。
願わず、考えず、求めず、ただ静かに今ここにあるとき、願いは自然に現実へと変わっていく。
引き寄せでは願いが主体である。無考では沈黙が主体である。
この違いが、実現力の違いを生んでいる。

「願えば叶う」は真理ではない。
「願わなければ叶う」、それが無考の真実である。
考えを止め、願いを手放したとき、人生は思いがけないかたちで展開し始める。
人の思考などより遥かに深く広い力が、すでに動いているのだから。

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無考神道・教祖

無考神道の教祖。 自身が日常生活の中で「無考」に至ったことから、日常生活での実践に重きを置いている。 また、無考によって司法試験に合格、年収3000万円超を達成、癌からの生存を実現するなど現世的な利益を得た経験があるため、現世的な願望を否定しない。

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